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環境市場新聞創刊30号記念
河村隆一さん × 馬本英一社長 特別対談

「環境市場新聞」創刊30号を記念して、環境問題に強い関心を持つアーティスト・河村隆一さんと、小紙発行元である日本テクノの馬本英一社長との対談を開催した。
マイクやスピーカー、アンプなど電気で稼働する機材の使用を極力減らしたオペラ形式のライブも行う河村さん。ビジネスとして、ユーザーとともに電気の省エネに挑戦し続ける馬本社長。
2人は、ともに40歳代の同世代。子を持つ親として、社会に生きる人として、環境問題にどのように取り組んでいけばよいのか、心からの言葉をぶつけ合った。

馬本
河村さんと親しくさせてもらうようになったのは、当社が協賛している芸能人ゴルフ大会(叙々苑カップ:株式会社 叙々苑主催)で同じパーティーになったことがきっかけでしたね。
河村
はい。馬本さんは、とても紳士な方だというのが第一印象でした。お話をしていくと年齢も近く、出身地も同じ神奈川県だとわかり、しかも僕の実家が電気屋さんだったこともあって、親近感を覚えました。それともう一つ興味を引いたのは省エネに取り組む環境ビジネスを展開されている点。僕たちアーティストがライブをするとき、音響設備や照明などたくさんの電気を使います。そんな環境負荷をできるだけ減らしていきたいと、ふだんから考えていたんです。
馬本
私の河村さんの第一印象は"ロマンチスト"です。ゴルフ場の伸びた芝生を見て「大地からのエネルギーをたくさん吸収しているんですね」などと自然に言葉が出てくる。身のまわりのものを、すべてポジティブに受け取れるすごい人だなと感じました。 
河村
僕も馬本さんは、ポジティブな人だと感じましたよ。
馬本
似たもの同士なのかもしれませんね。ところで、河村さんは環境問題に対して強い関心を抱いているということですが、いつぐらいから、そう思われるようになったんですか。

謙虚な心が膨らんでいく

河村

20歳代の前半からですね。その前までは反抗心が強かったというか、子どもだったというか、「この世界は自分のルールで動かせばいい」みたいに考えて、環境のことは見向きもしなかった。なかなか世間に認められず報われない立場に置かれていると感じていた時代です。 それが20歳代前半に曲も売れ出し、武道館でライブをできるほどの立場になれた。すると、子どもみたいな考え方をしていた自分あてに「あなたの曲で人生が変わりました」という内容のファンレターがどんどん届くようになる。世間からの注目度が急速に上がって、僕のやっていることで何が起きているんだろうと驚愕してしまうんです。
そこで、気づいたんです。僕はこんなにも優しく温かく受け入れられているのに、いつまでも子どもの考えでいいのかって。それからですね、自分は社会の一員だと自覚し、人間と自然の関係などを真剣に考えるようになったのは。 

馬本
売れて天狗になるんじゃなくて、逆に謙虚になっていった。シチュエーションはまったく違いますが、これまでうちの会社がたどってきた道にも通じる部分がありますね。私が1995年に会社を設立したころは、まわりを打ち負かしてでも、がむしゃらに成功を目指していた。それが、会社の規模が大きくなっていくにしたがって、周囲との協力こそが大切だと気づくようになってきたんです。 
河村
ゴルフ大会のときにも同じことを言っていましたね。電力市場では新規参入者だけれど、既存の事業者とケンカをしても仕方ない。一緒にがんばることが大切なんだと。それを聞いて、馬本さんのスケールの大きさを感じました。

ノーマイク ノースピーカー

馬本
ライブで省エネできないかと言っていましたが、実際に取り組まれていることはあるんですか。
河村
ノーマイクノースピーカーでやるオペラ形式のライブですね。そこでは照明もできるだけ減らします。最大2000名ほどの会場で、すべて自分の声だけを使って客席の一番後ろまで響かせる。普通のライブに比べれば環境負荷は格段に低いでしょうね。 
馬本
この前、私が観させてもらったライブでも、マイクを外して1曲披露してくれましたね。後ろのほうの席でしたけれど歌声は完璧に届いていました。あの声量はすごかった。全曲あれでやるライブですか。 
河村
年に何度かやってきましたよ。そこでの収益金は一部を植樹活動にも充てて、林業への支援も実施するんです。
馬本
頭が下がります。先日、当社の決起大会に来てくださったとき、社員に「日本を変えてください」と呼び掛けてもらいましたが、あの言葉は河村さんの心からの願いであったと、今、改めて実感しました。

次世代の子どもたちへ

馬本
私は小学生2人の親で、河村さんには3歳のお子さんがいる。次世代の子どもたちに対する責任感が、環境問題に関心を抱く一因になっている気がしますね。
河村
といっても今は、社会が次の世代に示しておくべき未来の姿を提示していないように思います。文明が生み出したものをすべて排除して自然回帰するようなスローライフが絶対的に正しいわけではないですよね。例えば電力はきちんと安定供給されながらも、安心して豊かに暮らせる世界のシナリオを具体的に示す。現在は無理でも将来のあるべき姿を見せてあげれば、子どもたちは自分の活躍する分野を明確に選べるようになります。
馬本
そうですね。加えて教育も重要でしょうね。子どもたち自身が体験できるような教育。世界の未来図を見たとき、身体で覚えた知恵によって、自分が役立つ分野を見つけられるように。そう考えると、今後、取り組むべき課題はたくさんありますね。河村さん自身は、今後の活動で、どんな未来図を描かれていますか。 
河村
世界を舞台に活躍するアーティストですね。海外ではゲームやアニメの分野でクールジャパンといわれるブームが起こっていますが、最近ではそこに日本のミュージシャンも含まれるようになっています。僕も、もっと挑戦していきたいですね。
馬本
世界ですか。うちは今のところ日本国内で省エネ活動のお手伝いをしながら、電気をつくる方面にも力を注いでいきます。環境に配慮した自然エネルギーの分野にもどんどん進出していきますよ。
河村
楽しみにしています。日本を変えてくださいね。ありがとうございました。
馬本
こちらこそ、どうもありがとうございました。

かわむら りゅういち
1970年 神奈川県出身。LUNA SEAのヴォーカルとして活躍し、1997年にソロデビュー。アルバム『Love』のセールスは300万枚を超えた。すぐれた歌唱力を持つミュージシャンだけでなく、音楽プロデューサー、環境活動家、俳優、小説家など活動のフィールドは多彩。2012年12月より、日本テクノ イメージキャラクターに就任。